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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3242号 判決 1972年11月28日

控訴人 黒須昭示

右訴訟代理人弁護士 原田勇

同 秋守勝

同 山本潔

同 原誠

被控訴人 春田有元

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四五年七月九日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、控訴人および被控訴人はいずれも中古自動車の販売を業とするものであるところ、控訴人は訴外石毛寛から買受けたその主張の自動車(本件自動車)の売却を訴外菱田俊彦(以下単に訴外人という)に依頼したので、同訴外人は控訴人の右依頼に基づき同人の代理人として、昭和四五年七月四日、被控訴人方に本件自動車を持参し買受方の交渉をした。訴外人は右交渉にあたり、被控訴人に対し、同訴外人が控訴人の代理人であることおよび右自動車が控訴人の所有であることは明らかにしなかったが、本件自動車は第三者から預かったものであるから代金は訴外人と被控訴人間の従来の貸借とは関係なく現金で支払ってもらいたい旨申入れ、被控訴人もこれを諒承し、結局被控訴人が本件自動車を代金三〇万円で買受けることとなり、代金は自動車の名義書替に必要な書類と引換に現金で払う旨の合意が訴外人と被控訴人間に成立し自動車を被控訴人に引き渡した。そこで、訴外人は、控訴人に対し右売買の経過を報告するとともに必要書類の交付を求めたが、当時右書類は右自動車を控訴人に売渡した前記石毛寛の手中にあったのでこれを控訴人は同人から受取って、訴外人に交付し、訴外人は同月七日右書類を被控訴人の許に持参し代金の支払を求めたところ、被控訴人は訴外人に対し、時間が遅く銀行から金が出ないので翌八日に支払うから明日くるようにといい、しかも、訴外人が持参した書類は、これで他に転売してその代金で払うからといって書類の交付を求めた。訴外人は書類と引換に代金を支払う約であったが、被控訴人の右言を信じその場で書類を被控訴人に手交し、約束の翌八日一二時に被控訴人方に到り代金の支払を求めたところ、被控訴人は訴外人に対し、これまでの言に反し、訴外人の被控訴人に対する債務を先に支払えば本件自動車代金を支払うといって代金の支払に応じないので訴外人は止むなく控訴人に電話連絡し、控訴人・被控訴人・訴外人の三者が話し合ったが、結論がでないまま物分れとなった。なほ被控訴人は本件自動車を鳴瀬某に転売した。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上認定の事実によると、昭和四五年七月四日、控訴人の代理人である訴外人と被控訴人間に、本件自動車につき、代金三〇万円、同月八日払の約定で売買契約が成立したが、訴外人は本件自動車売買の交渉に際し、被控訴人に対し、控訴人のためにするものであることを明らかにせず、ただ他人からの預り物であることを明らかにしたにすぎない。しかし本件自動車の売買は、前記認定のように商人である控訴人の代理人である訴外人が控訴人のためにその営業に属する行為をしたのであるから商法第五〇四条本文の規定によって、控訴人の代理人である訴外人が被控訴人に対し本人たる控訴人のためにすることを示さないで本件売買をなしたとしても、その行為は本人たる控訴人に対しその効力を生ずべき場合に該当する。

ただ前段認定のように訴外人は被控訴人との交渉において訴外人が代理する本人が何人であるかを明かにしなかったのみならず、従前において控訴人が訴外人を代理人として被控訴人と取引をしたことについては主張も立証もないから被控訴人は本人が何人であるかを知りうべくもなかったといえる。そうすると一般には過失なくして何人が本人であるかを知り得ず、従ってその本人の信用ないし資力の程度を知り得ない相手方との間に商法五〇四条本文の規定によって法律関係を生ぜしめられることは酷であるから、同条但書の規定によって被控訴人に対し代理人である訴外人との間の法律関係の成立を選択して本人である控訴人との間の法律関係を否定することを認めるべきことになる。しかし本件売買においては前段認定のとおり、売買の相手方である控訴人において自動車ならびに必要書類をすべて訴外人を通じ被控訴人に引渡し、売主としての義務の履行を終っているのであるから、被控訴人にとって控訴人が売買の相手方であることが特に差支のあるような特段の理由のない限りたとえ被控訴人において本人が何人であるかを知らずまたこれを知らないことについて被控訴人に過失がなかったとしても、被控訴人が訴外人が自分自身のためでなく第三者のために本件売買契約をするものであることを知っているときは商法五〇四条の但書を適用すべき場合に該当しないものとするのが相当であり、同条本文を適用し、直接第三者である本人との間の法律関係の成立を認め、代理人との間の法律関係成立の選択を許さなくても決して被控訴人に酷を強いるものではない。しかるに、前示の如き特段の事情を認むべき証拠がないのみならず訴外人が本件売買の交渉にあたり被控訴人に対し本件自動車は他人からの預かり物であるから訴外人と被控訴人間の貸借関係とは無関係に特に現金で代金を支払ってもらいたい旨申入れ、被控訴人もこれを諒承したことは前記認定のとおりであるから、被控訴人としては、本人が何人であるかは知りうべくもなかったとしても、本件自動車は訴外人の所有ではなく、同人は第三者の計算においてすなわちその代理人として交渉しているものであることは当然知っていたものというべきで(もし、被控訴人が知らなかったとすれば、その知らなかったことについては被控訴人に過失があったというべきである)から、本件売買は本人である控訴人との間に成立し、訴外人を売主として選択することは許されない。

そうすると、被控訴人は控訴人に対し、本件自動車の売買契約に基づき買主として売主たる控訴人に対し売買代金の支払をなすべきものといわなければならない。

二、被控訴人は、本件自動車代金は控訴人の代理人である訴外人に対し支払済であると主張するが、その援用する証拠は、いずれも被控訴人と訴外人間の貸借関係に関するものであって、本件売買代金を支払ったことを肯認すべき証拠はない。もっとも、≪証拠省略≫によりその成立の認められる乙第一一号証(領収証)によると、訴外人が本件自動車代金三〇万円を昭和四七年三月二日領収した旨の記載があるが、≪証拠省略≫によると、右領収証は、被控訴人が訴外人に対し、本件第一審訴訟で被控訴人が勝訴したので三〇万円は訴外人の被控訴人に対する債務から差引くことにするから領収証(乙第一一号証)を書いてくれというので書いたもので訴外人は代金三〇万円を受領した事実はないのに書いたものであり、訴外人は被控訴人に対し右領収証は破棄するよう申入れ、被控訴人も、これを証拠として提出しないことを約したことが認められるのみならず、同号証によっては訴外人自身の領収書か控訴人の代理人としての受領証か判別できないから、同号証をもって被控訴人が主張するように控訴人に対して本件売買代金三〇万円の支払があったことの証拠とすることはできない。よって、被控訴人の右主張は採用できない。

三、以上のとおりで、被控訴人は控訴人に対し、本件自動車代金三〇万円およびこれに対する弁済期の翌日である昭和四五年七月九日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべきもので、これが支払を求める控訴人の本訴請求は正当であり、これを棄却した原判決は取消すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 渡辺忠之 小池二八)

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